chosakuken.org を開くまでの経緯と、私の基本的考え方 

鐸木能光

サイト開設までの経緯


 著作権保護機関というと、JASRACに代表されるような巨大な集金システムのことをイメージする人が多いようです。しかし、私自身は、著作権使用料を徴収することよりも前に、誰がどういうオリジナル作品を創造したのかという根本部分での「証明」をするシステムが必要ではないかと考えていました。
 デジタル時代を迎え、あらゆる創作物が簡単にコピーできるようになりました。一方では、出版不況、文芸不振という傾向も進み、コピーの危険性を承知しつつも、インターネットという荒野に表現の場を求めざるをえない作家もたくさんいます。著作権の所在が証明できない状況のまま作品をデジタル配信することは、かなり無謀なことかもしれません。

 @Nifty推理小説フォーラム統括シスオペである斎藤肇さんもまた同じ思いであることを知り、何度かメールのやりとりをしました。
 そのアイデア交換、意見交換を通じて、とりあえずは、考えていることを発言する場としての準備室的サイトを立ち上げてみましょうか、ということになりました。
 これが当chosakuken.orgの出発点です。


私が考える「著作権証明機構」とは


 私が以前から痛感しているのは、著作権に根ざした「集金組織」ではなく、本来の「著作権保護」システムが必要だということです。
 作家にとっては、不法コピー(による印税の取りこぼし)よりも改竄や盗作(による著作権者としての権利喪失)のほうがはるかに怖ろしいことだからです。

 そこで、漠然と、こんなシステムを考えていました。


 こうした「著作権保護システム」は、私的機関でも有効だと思います。また、複数あってかまわないし(むしろ複数あったほうが健全でしょう。例えば、アメリカには音楽著作権管理団体は複数あり、ミュージシャンは作品をどの団体に委ねるかを選べます。JASRACのような独占的組織は、先進国では日本だけだと聞いています)、要は「証明」することですから、ファンクションという意味では極めて単純明快です。
 使用料を徴収するとか、プロモーションするなどということは一切しません。あくまでも、作家のオリジナル作品の「オリジナル性」を守るための自衛システムです。
 書き上げたものの、活字にならない作品。デジタル配信が先行している作品。そうしたものは常に盗作・改竄の危険にさらされていて、盗んだ側が先に本にしてしまえば勝ちということになりかねません。それをある程度阻止するためのシステムです。
 なお、登録するファイルの内容は、文芸に限らず、メロディーを記録したMIDIファイルやイラスト原画など、音楽や美術の分野でも有効でしょう。


なぜ、「集金組織」にはしないのか?


 著作権使用料を徴収する団体というのは、一種の利益集団です。
 利益集団になってしまうと、作品が利益を生む限り、誰が著作権者であろうとよくなってしまいがちです。例えば、すでに名の売れた作家Aが、無名の作家Bの作品を盗作し、成功を収めたとします。Aの成功により、著作権使用料徴収団体にも、手数料という形で大きな利益がもたらされます。また、すでに売れているAの「著作権」を保護することは、Aの売り出しに関わった企業(出版社、プロダクション、レコード会社、スポンサーなどなど)の利益を守ることにもつながります。
 はたして、著作権使用料徴収団体は、無名のBに有利な証拠を提示したり、Aの盗作行為を実証することに骨を折ってくれるでしょうか?
 こうした例は、過去にも何度かありましたが、マスメディアに大々的に取り上げられることは少なかったと思います。疑惑が浮上した時点で売れていた者がそのまま利権を維持していき、盗まれた者は泣き寝入りという図式です。ひどい例では、盗まれた側の原作を発行している出版社が、系列企業のより大きな利益を守るために、原作者の本をさっさと絶版にして証拠隠滅を図ったのではないかと思われるようなケースさえありました。
 悲しいことですが、金の絡んだパワーゲームとして動いていくとき、メディアや世論もまた、パワーゲームの駒として利用されがちです。
 著作権証明機構と著作権使用料徴収団体は別機関であるほうが望ましいというのは、三権分立と同じ理由です。


なぜ暗号化ファイルなのか?


 まだ世に問うていない試作段階の作品でも登録できるようにという配慮です。
 例えば、現代のような出版不況、文芸不振の時代では、作品を出版社に持ち込んでから本になるまで、予想外の時間がかかることも稀ではありません。また、作品の持ち込みも、印刷された原稿ではなく、デジタルファイルそのものをメールなどで送信することが多くなってきています。
 その間、酷似した作品が他の作家の名で世に出てしまったとしたら、どこかで「ファイルの流出」があったのではないかと疑わざるをえないでしょう。先に「活字化」されることが著作権の主張になるのだとしたら、こんな悔しいことはありません。

 また、逆に、内容を積極的に公開することが著作権主張の第一歩であるという見方もできます。
 活字にならない作品をWEBで公開することは、コピーの危険に晒されると同時に、著作権証明の手段にもなります。
 私自身、「文藝ネット」(http://bungei.net)というものをやり始めた理由の一つはそれでした。「○年○月から文藝ネットで掲載されている△△という作品に酷似している」ということだけでも、盗作防止にはなるでしょうから。


既得権保護ではなく原作者保護の思想


 聞くところによれば、プレイステーション2の発売などで、ますます巨額の金が動くゲームソフトの世界では、ソフトメーカーが、中古ソフトの自由な売買を認めない方向に動き始めているとのことです。2000年6月の国会で著作権法が改正され、あらゆる種類の著作物の管理団体が登録制で作れるようになる見通しだということも関係しているようです。
 JASRACのゲームソフト業界版のようなものを作り、中古ソフト売買に睨みを利かせたいということのようですが、これなどは、言ってみれば「既得権」をガチガチに保護して、二次使用の利益を独占しようということであり、原作者の著作権保護ということとはまた違う話ではないかという気がします。
 私が問題にしたいのは、すでに世に出ている作品の「著作権使用料徴収」システムではなく、あくまでも、盗作や改竄の危機に直面している「弱い立場」の作家、作品の権利を守るシステムです。
 そのためには、一般読者・リスナーの監視が不可欠です。
 かつて、某深夜ラジオ番組の中に、ヒット曲の盗作度数を告発するコーナーというのがありました。誰もが知っているヒット曲の「元ネタ」を、リスナーが告発するのです。
 毎週、驚くほどの告発があり、その内容も凄まじいものでした。
 しかし、このコーナーはいつしか消えてしまいました。業界からの圧力があったのではないかと疑わざるをえません。
 紐付きではなく、本当に「オリジナル」の権利を主張し、証明していけるシステム。
 今のうちにこうしたものを確立しておかないと、デジタル時代の将来は、表現活動にとっては暗黒の無法時代になりかねないと懸念します。

 著作権証明機構は、一個人や少数作家グループの手には余るシステムになります(永続性や公共性の面で)。私たちのメッセージが、よりよいシステム作りの小さな布石の一つになればと、願ってやみません。

 (2000年5月4日 新潟にて 鐸木能光)
 
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